山本さとし オフィシャルHP  フォーク・ソングの風に吹かれて
山本 さとし/プロフィール

 

 
ミュージシャン/シンガー&ソングライター 福島県喜多方市生まれ。
日本社会事業大学社会福祉学部卒。9歳でギターを持ち13歳よりオリジナルを書く。
ウッドべースを飯田龍氏、アコースティック・ギターを洪栄龍氏、ヴォーカルを山下美音子氏に師事。
これまでの作品は300曲以上。主なものは「ヒロシマの有る国で」、「まつり」、「ぼくの卒業式」「虹を見るために」、
「もうひとりの自分」「君のそばで」、「ひとりのお母さん」「ノーモアヤコブ心はひとつ」、「ニッポニア・ニッポン〜トキよ舞い上がれ〜」等々。
歌づくりは、ソーシャル・ワークの経験からくる目線の低いフォーキーなものが多い。
折々にアルバムを発表。一般のステージやライブハウスの他、学校や福祉施設、小さな集まりにも出向いてうたう。

 歌の旅ではピート・シーガーの自伝を共訳しニューヨークで指南を受ける。
時折エッセイを書き、3.11東日本大震災後は定期的に福島に帰り、喜多方シティエフエムにてパーソナリティーも務めた。
原発事故後の人びとをうたう「この道の向こうには」「浜通りの風」「やよい雪」等、毎年作品にしてうたっている。
愛用のギターはMartinやGibson、Gutなど。
現在も暮らしの中で弾き語り、次のアルバムの曲作りとステージのリハーサル中。
日本音楽著作権協会会員。NPO法人ラルゴ理事、介護支援専門員、社会福祉士、RJフォーラム会員、日本社会事業大学ソーシャルワーカー。
東京都練馬区在住。※ホームページ http://www.satoshi-y.net/
  

◆主な作品と活動

1985年 
・ソロアルバム「ヒロシマの有る国で」発表 
1987年 
・ソロアルバム「ラストランナー」発表 
・新宿モーツアルトサロンにて初リサイタル
1989年
・山本さとし2ndリサイタル「愛するものへ」(杉並区高円寺会館)
1991年 
・絵本「こんちゃん・だいすき」挿入歌に「こんちゃん」をプレゼント 
・NHKラジオ第1「アースディ特集週間」に出演。ソロアルバム「地球よ」発表
1992年 
・ソロアルバム「かけがえのないものへ」発表 ♪コメント:国松俊英氏、小室等氏
1993年 
・TBSニュース23 山本さとし「鳥さんがんばれ!コンサート 〜オジドリ分校の子どもたちと〜」取材
1996年 
・アルバム「このゆびとまれ」 発表 
1998年
・ピート・シーガー自伝「WHERE HAVE all the FLOWERS GONE」協同翻訳
1999年

・NYハドソンクリアウォーターフェスティバル(アメリカ・ニューヨーク)に参加、サークルオブソングを体験 またピートシーガー氏に会い「ヒロシマの有る国で」を演奏 
 (ダコダハウス〜ストロベリーフィールズでイマジン碑にふれてくる)
2000年 

・CDシングル「夢のシナリオ」発表 
2003年

・オリジナル『ヒロシマの有る国で』が清泉女子大学(東京)地球市民学科・学科歌に
・「大人のギター・プレイ雑誌ギター倶楽部第2号」 (株)ヤマハミュージックメディア "The Collector”にてその音楽活動とギター紹介
2004年 
・ソロアルバム「ふる里の樹」発表 
・地元江古田マーキーでの定期ライヴ「ラストランナー」が60回を迎える
2005年
・笠木透氏主催 憲法フォークジャンボリー出演
2006年

・笠木透氏主催 憲法フォークジャンボリー出演
・アルバム「丸腰でいこうぜ」’06憲法FOLK・JAMBOREEライブに「ヒロシマの有る国で」収録
2007年
・上條恒彦氏のサポートギターに参加
2008年
・日本社会事業大学(社大プレスリリースNo.3) 「いじめ…、果てしない連鎖は断ち切れるか?スクールソーシャルワーカーの役割を通して」(市民講座)出演 (関連記事
2009年
・日本スクールソーシャルワーク協会設立10周年記念 山本さとしコンサート (関連記事 、 )
・やまだじん氏の愛器D-28を譲り受け、難病ALSを抱える彼のチャリティコンサートをサポート
2010年
・ヒロシマ憲法フォークジャンボリー出演 (関連記事  、 )
2011年
・母校社大、山下英三郎教授最終講義(友情出演) (関連記事
・FMきたかた パーソナリティ 「山本さとしの旅の調べ」 毎週土曜日17:00〜17:30放送 (関連記事 、 、   、  
・丸木美術館ひろしま忌 山本さとしコンサート (関連記事、 、)
2012年
荻窪落陽 第26回オリジナルデー優勝 ♪エントリー曲「この道の向こうには」 with Gibson L-00
・会津坂下町立坂下中学校(福島県
河沼郡会津坂下町)芸術鑑賞会
2013年
・喜多方プラザ企画公演 山本さとしコンサート2013〜喜多方生まれの歌の風〜喜多方プラザ文化センター <主催> 喜多方シティエフエム 関連記事
・喜多方市立熊倉小学校(母校〜ようこそ先輩)
・ 喜多方プラザ東日本大震災復興応援プロジェクト 喜多方発21世紀シアター〜蔵のまち喜多方のアート・フェスティバル 「山本さとし LIVE・夏にうたう」 金忠 蔵座敷 (喜多方市)
・ モンゴルへ(SSWスタディ・ツァー)
2014年
LIVE参照
2015年
・デビュー30周年を迎える




Dear Satoshi Yamamoto!  Peter Seeger (folk singer) 

Thank you for translating Midori Yazawa's message to me,and her book. Here's a copy of my book, The new edition.
The old book was full of mistakes. ・・・P.S. See pages 96 and 97.  Again・・・  Pete Seeger





♪:山本さとし君について   やまだじん (folk singer)

・「ヒロシマの有る国で」の作者として知っている人も多いと思う。
近所の石神井に住んでいて、やはり近所の上池袋にいた音楽評論家・故 矢澤 寛氏 の紹介で知り、
俺のライブに来てもらったり、江古田「マーキー」での彼のライブに行ったりと20年来の付き合い。 
暫く遠のいていたが、先輩の上條恒彦さんのステージで彼が伴奏をするようになり、
又、俺の病気引退に伴い愛用のギターをどう処分しようか相談していた時に、オークションなどで何処に流れていくか分からなくなるより、
信頼して我が子のような楽器を託せる人をと、上條さんの勧めもあって、後を山本くんにお願いすることにした。
ナイーブな感性と共に、会津人らしい気骨を持ち合わせた稀有な「フォークシンガー」です。

・今回もアコスティックギターの伴奏で俺をサポートしてくれるのは、かのピート・シーガーからも希有なフォークシンガーとして、
その偉才を認められているシンガー&ソングライターの山本さとしクン。
福祉の専門家でもある彼のサポートなしに、今や俺の歌も生活もあり得ないと思っている。
40年間俺に連れ添い、いつも語りかけ励ましてくれたD-28 は春から彼の手元で慈しんでもらっている。
彼の手で俺の歌に寄り添い、再び支えてくれる筈だ。」  

やまだじんJean(ジーン).wmv  、 灯りを求めて  、  それぞれの中で  


♪;山本さとしさんの歌は<いしっころ>のようです   国松俊英 (児童文学者)

その歌には、陽なたのいしっころのあたたかさがあります。踏まれてもけとばされても、平気な強さがあります。
ミミズもトカゲも声をかけてくる親しみがあります。そして、いつも地面の上から世界を見つめているまっすぐなまなざしがあります。
<いしっころ>のような山本さんの歌がすきです。


ピート・シーガーの系譜を爽やかに   小室等 (folk singer)

何年も前のことだが、原宿のにぎわいに場違いのように寄りそってたたずむ日本社会事業大学の文化祭に歌いにいったことがある。
学生たちもまた、原宿には場違いのファッションで、キャンパスと呼ぶにはせまい学内で細々と文化祭を催していた。
ぼくは福祉の世界に伴う“善意”というものに、ときとしてうんざりさせられてしまう徒なのだが、
コンサートのあとに話しこんだ学生たちを見るかぎり、原宿を歩いているにいちゃんねえちゃんたちより、きみらの方がずっといいぞと思ったものだった。
山本さとしさんは、その日本社会事業大学出身だという。
山本さんの歌と、山本さんが大学で学ばれたこととは、どうやら無関係ではなさそうだ、と山本さんの歌を聴いていて思う。
それは“善意”のあぶなさを伴いかねないものだが、山本さんはそこをうまくしのいでいる。
アコースティックな音楽は、そのアンサンブルのありようによっては裸でさらされてしまい、ごまかしのきかないものになってしまう。
山本さんの今回のテープ作品は、まさしく裸でさらされている。ごまかしがきかない。
ごまかしがきかないと、音楽よりメッセージだけが先行してしまいかねない。
山本さんはそこのバランスをうまく保っている。ギターにヴェテランの洪栄龍を起用したのも功を奏している。

60年代にアメリカからフォーク・ソングというものが入ってきた。
それがどんどん子別れしていって、その痕跡はいまやほとんど見えなくなってしまっているいま、
山本さとしさんは、まぎれもなくピート・シーガーの系譜を受け継いでいくシンガーだ。
この時代に、この系譜を歩もうというのは相当にきついことである。山本さんはその道を爽やかに歩んでいる。


♪:愛しき紡ぎ歌の軌跡  洪栄龍 (guiterist)

 愛しき紡ぎ歌の軌跡  彼の紡いできた歌、終わりのない余韻が響いてくる  いつまでもこの歌たちのそばにいたい。

「ふる里の樹」発売おめでとうございます。改めて聞いてみて、とても良い感じのアルバムになっていると思いました。
コーディネーターという役割を十分果たせたかどうか、わかりませんが、アルバム作りを勧めて良かったと思いました。」



♪:福島出身、ヒロシマを熱唱   東京新聞 2011年(平成23年)8月7日(日曜日) 社会12版

「平和に核は似合わない」 丸木美術館で山本さとしさん
 
絵画「原爆の図」で知られる埼玉県東松山市の丸木美術館で六日、
福島県喜多方市出身のシンガー・ソングライター山本さとしさん(50)がコンサートを開催。
「人類と核とは共存できない」という思いを胸に、約百人を前に自作の「ヒロシマの有る国で」など約十曲を熱唱した。

 山本さんの実家は東日本大震災で直接の被害はなかったが、会津地方も原発事故の風評被害で観光客が減り、
地元の友人、知人は不安な生活を送っているという。

 山本さんはコンサート前に取材に応じ「広島と長崎があったのに、いつの間にか五十四基もの原発ができていた。
恩恵の一方でリスクも大きかった」と指摘。「広島の被爆者に教わったのは、平和に核は似合わないということ。
核のリスクは僕らが生きている間になくさなければいけない」と話した。
コンサートでは「反核」「反原発」という言葉こそ口にしなかったが、福島の避難住民をテーマにした曲に思いを託した。
故郷を奪われた人々にも届けと、会場の全員で「ふるさと」を合唱した。


:フォーク酒場 落陽   四元健一 

素直にいいなぁと思い
気持ちに沁みる歌声
人柄と人生が見える気がする
そんな弾き語り
さとしさん
小さなトロフィーだけど
気持ちはイッパイ詰め込んであります^^
また気楽に遊びにいらしてください
私と楽曲作りましょ


♪上條恒彦さん
ピートさんがなくなられてすぐ、お世話になっている大先輩上條恒彦さんがメールを下さいました。
「貴兄にはとりわけ大きな存在、ショックでしょうが、ピートの仕事を引き継ぎ、伝えていかなくてはならないでしょう。
これからもどうかどうか頑張って下さい。」と。

 


すずききよしさんより
「お名前も、作品も覚えています。僕は後わずかしか平和のために頑張る時間がありませんが、仁君や、僕の分も頑張ってくださいね。」

2015年7月3日


ぼくのルーツ 母の音楽〜母は独身時代に作詞をしていました。
戦後の作品で78回転SPになったものがあります。(1952年日本コロンビア)
兄が実家からSP盤を見つけて再生できるようにしてくれました。
また国会図書館に行けば、歴史的音源として保存されています。