番外編
Todokeyo mugibue
とどけよ 麦笛    20170815






ぼくのルーツ ~母の音楽~
母は独身時代に作詞をしていました。
戦後の19歳の時の作品で78回転SPになったものがあります。(1952年日本コロンビアレコード)
兄が実家からSP盤を見つけて再生できるようにしてくれました。
(国会図書館に行けば、歴史的音源として保存されています。)


◇当時の関係者様からのご連絡お待ちしております。




◇音源

〝とどけよ麦笛〟について  

 愛の運動協議会では、昭和二十七年六月一日から一か月間に限り戦争受刑者の解放、助命、内還の著名運動を全国的に展開しました。
その際、匿名の一少女が、〝獄舎まで故里の麦笛聞かせたく〝と血書し、更に『戦争によって起こった犯罪は戦犯者と名のつく者たちだけが負うべきではなく私達も分け合って負わな
ければならない。しかし山村の一少女として私にできる事は、私分身である血で書いた手紙で異郷の人達を励ます以外にない』といふ手紙と共に血書嘆願書を送ってこられました。
その後この少女が福島県耶麻郡熊倉村熊倉 山本順子さん(十九才)であることが判りました。その少女が血書嘆願に添えて作られたのがこの〝とどけよ麦笛〟であります。  

 この歌詞が巣鴨留置所へ送られて来るや、すがも財閥の渡邊哲男氏(佛印関係)が一少女の真心に癒へようと、マラリヤで発熱中の病軈をおして作曲して下さいました。
愛の運動東京都協議会ではこの歌を同会選定歌として決定され、学徒出陣の遺族の集まりである白鵬会及び、会に関係の深い日劇歌手、泉 恵子さんに濁歌を、又義兄が死刑の
判決をうけモルデンルパに居られる同管弦楽園指揮者、山内匡二氏に編曲を依頼され、出来たものです。




とどけよ麦笛 

愛の運動協議会選定歌 昭和27年(1952年) コロンビアレコード
作詞:山本順子 作曲:渡邊哲男 編曲:山内匡二 
歌:泉恵子 コロンビアオーケストラ 
(実家の母の整理箪笥にあった、当時の写真や資料(一部)も掲載しています。)



とどけよ麦笛 / 泉 惠子(日劇歌手)1952年コロンビアレコード  3
とどけよ麦笛 todokeyo mugibue / 泉 惠子 Izumi Keiko (愛の運動協議会選定歌 昭和27年)
全戦犯釈放の血書嘆願に添えた少女の歌
とどけよ麦笛 ~愛の運動協議会選定歌~
山本順子 作詞 渡邊哲男 作曲 山内匡 編曲
歌 日劇歌手、泉 恵子さん S28.1コロンビアレコードa1586




♪FMきたかた「ピックアップ喜多方」(正午~30分番組)/FMきたかた
 2016年3/26土曜日、3/27日曜日(再放送)
 山本順子 とどけよ麦笛 ゲスト:堺百人さん










◇当時の写真・資料等









 




とどけよ麦笛  
作詞:山本順子 作曲:渡邊哲男


流れる雲も 散り散りに  帰らぬ空は 涯(はて)遠い
心切なく 呼ぶ声に
故里(くに)の乙女の 真心の 麦笛吹いて聞かせたく
あぁ 涙で仰ぐ 遠い空


遙かに偲ぶ みんなみの  月かげ淡く 灯は暗い
心侘びしく 見る夢に  
故里(くに)の乙女の 真心の 麦笛細くひびくよに
あぁ 涙で吹いた 星の空


青空澄んで 小鳩(とり)啼けど  空行く雲は いつはれる
心悲しく 待つ窓に  
故里(くに)の乙女の真心の 麦笛きっととどくよに
あぁ 涙で祈る 遠い空




△此の歌詞が巣鴨拘留所に送られ、乙女の真心に応えて一戦犯者が作曲し、義兄がモンテンルパに死刑の判決をうけている日劇の指揮者により編曲され、
更に白鴎遺族会の会員(日劇歌手)により唄われ、巣鴨発表を皮切りに全国に発表公開される。




 























◇いただいた声
・ (You-Tubeより)
「この曲は全く知りませんでした。 心に響く曲です。二度とこの様な曲が作られないような社会を作らねば!と思います。
正にその通りです。涙が止まりません… 今まで、戦犯とされた方々の曲は何曲か聴かせていただきましたが、
国内に待つ家族の曲はこの曲が初めてです。お母様の作詞は当時の帰国を待つ家族の気持ちを見事に表してます。
素晴らしい曲をありがとうございます。 お母様によろしくお伝えください。少なくとも一人の男の琴線に触れました。」







◇平成28年2月21日(日)午後1時30分
山本順子発表会 ~血書の乙女『とどけよ麦笛』発表会
熊倉公民館



♣相田頼広さん(喜多方復興支援隊FBより)
東京で活躍しているシンガーソングライター山本さとしさん(喜多方復興支援隊)のお母さん 
山本順子さん(喜多方在住)の偉業を讃えるイベントが開催されます。
昭和27年、戦後の動乱の時代、海外に抑留されていた日本人捕虜を助けたいと署名運動をはじめ、
国会にも陳情、やがて他国をも動かし捕虜釈放に尽力された乙女の物語。
その活動は全国の日本人の心を打ち、愛を届けたのです。
是非、若い方こそ知ってほしい隠れた素晴らしい歴史の物語です。
ご参加お待ちします。

♣相田頼広さん(喜多方復興支援隊FBより)

「血書の乙女 山本順子さん作詞 とどけよ麦笛」発表会
喜多方市熊倉公民館にて開催されました。

昭和27年、戦後、抑留された日本人捕虜の釈放を願って血書による嘆願書を巣鴨留置所へ送った19歳の少女がいました。...
そこへ添えられていた曲が「とどけよ麦笛」でした。作詞が山本順子さん。
少女の真心の歌詞に感動され、すがも楽団の渡邊哲雄氏が、マラリアで発病の体をおして作曲されました。
そして、その歌は愛の運動東京都協議会の選定歌に決定。
日劇歌手の泉恵子さんに独唱を依頼。
更に、義兄が死刑判決をうけたモルデンルパにいる同管弦楽団指揮者、山内氏に編曲を依頼され出来た歌でした。
その歌と血書の嘆願書の思いは届き、多くの死刑判決をうけた日本人を助けたのです。
喜多方市の先人に、そんな素晴らしい少女がいたことを後世に伝えようと本日の発表会は開催されました。

特別ゲストとして山本順子さんの次男であるシンガーソングライターの山本さとしさんが東京から駆けつけ、お母さんの「とどけよ麦笛」を熱唱。
会場は大いに盛り上がりました。



♣山下徹さん(FB友より)
妻の親友で『カタログハウス』時代の同僚が現在ふるさとの福島県喜多方市熊倉に帰っているのですが、
そこは『ヒロシマの有る国で』の山本さとしさんのふるさとでもあります。
その熊倉の公民館で2月21日に山本さとしさんのお母さん、山本順子さんが1952年(当時19歳)に作詞した
『とどけよ麦笛』の発表会が開催されました。
妻の親友...が送ってくれたその日の資料が今日届きました。
『戦争によって起こった犯罪は戦犯者と名のつく者たちだけが負うべきではなく私達も分けあって負わなければならない』という
血書嘆願書に感慨深いものがあります。
発表会では山本さとしさんも『ヒロシマの有る国で』を披露したそうです。






喜多方市 ミニコミ「ほっと・ねっと」より 
(人と人を結ぶ情報誌 ほっと・ねっと社 編集と印刷/おもはん社 e-mail hotnet@sea.plala.or.jp 配布地域:喜多方市(旧喜多方・塩川・山都・熱塩加納

2016年(平成28年)3月20日号(日)第252号

(1)





(2)-1  喜多方市 ミニコミ「ほっと・ねっと」より 2016年(平成28年)4月17号(日)第253号






(2)-2





(3) 喜多方市 ミニコミ「ほっと・ねっと」より 2016年(平成28年)5月15日号(日)第254号






♪FMきたかた「ピックアップ喜多方」(正午~30分番組)/FMきたかた
 2016年3/26土曜日、3/27日曜日(再放送)
 山本順子 とどけよ麦笛 ゲスト:堺百人さん







◇2017年1月15日(日)13:00~
熊倉町『新春のつどい』

第一部 
『とどけよ麦笛』によせて 講演:堺 百人
 ~今から66年前、血書嘆願に思いを込め全国へ届けた19歳の乙女がいた・・・
熊倉町 山本順子の若かりし物語


※今年酉年は母の干支、1/15に地元公民館主催で母の講話会が開かれます。
65年ぶりに「とどけよ麦笛」が流れ、ぼくも駆けつけ会場で一緒にうたいます。
(実家の母の箪笥を探しましたら、当時の浪曲の原稿も出てきました。
当日はこれが浪曲にもなっていてご披露されます。)

※またHPを通して作曲者の長男様よりメールでご挨拶をいただきました。














◇Face book「ヒロシマと音楽」委員会 アップシェア 2017/7/23

https://www.facebook.com/ヒロシマと音楽委員会-179182525777440/?hc_ref=ARQbkfBPAPdYezDZ1Ny64VhFC77ynSFKS_212YmnGPVdrsC0w-UBlHZ3UGKDpceJDjs&fref=nf&pnref=story

「昨日の《モンテンルパの夜は更けて》の曲紹介の記事を受けて、シンガーソングライターの山本さとしさんから新たに曲の紹介がありました。
その曲、《とどけよ麦笛》は《モンテンルパの…》と同じく昭和27年に作られ、日劇歌手の泉恵子さんによって歌われたそうで、やはり戦争受刑者の
解放を求めて当時19歳の少女が起こした行動が元になってい...るとのことです。嘆願書とともに送られたという歌詞(下記)からは、収監された
元兵士達を思いやる少女の優しさや強さが伝わってきます。その少女が山本さんのお母様とのことで、You Tubeに掲載されている下記の紹介文と歌詞、
映像を転載させていただくことになりました。山本さん、ご紹介ありがとうございました!

*****
とどけよ麦笛 :泉 惠子(日劇歌手)
愛の運動協議会選定歌(1952年)
作詞:山本順子 
作曲:渡邊哲男 
編曲:山内匡二

愛の運動協議会では、昭和二十七年六月一日から一か月間に限り戦争受刑者の解放、助命、内還の著名運動を全国的に展開しました。その際、匿名の一少女が、〝獄舎まで故里の麦笛聞かせたく〝と血書し、更に『戦争によって起こった犯罪は戦犯者と名のつく者たちだけが負うべきではなく私達も分け合って負わなければならない。しかし山村の一少女として私にできる事は、私分身である血で書いた手紙で異郷の人達を励ます以外にない』といふ手紙と共に血書嘆願書を送ってこられました。その後この少女が福島県耶麻郡熊倉村熊倉 山本順子さん(十九才)であることが判りました。その少女が血書嘆願に添えて作られたのがこの〝とどけよ麦笛〟であります。  この歌詞が巣鴨留置所へ送られて来るや、すがも財閥の渡邊哲男氏(佛印関係)が一少女の真心に癒へようと、マラリヤで発熱中の病軈をおして作曲して下さいました。愛の運動東京都協議会ではこの歌を同会選定歌として決定され、学徒出陣の遺族の集まりである白鵬会及び、会に関係の深い日劇歌手、泉 恵子さんに濁歌を、又義兄が死刑の判決をうけモルデンルパに居られる同管弦楽園指揮者、山内匡二氏に編曲を依頼され、出来たものです。

一、
流れる雲も 散り散りに  帰らぬ空は 涯(はて)遠い
心切なく 呼ぶ声に
故里(くに)の乙女の 真心の 麦笛吹いて聞かせたく
あぁ 涙で仰ぐ 遠い空

二、
遙かに偲ぶ みんなみの  月かげ淡く 灯は暗い
心侘びしく 見る夢に  
故里(くに)の乙女の 真心の 麦笛細くひびくよに
あぁ 涙で吹いた 星の空

三、
青空澄んで 小鳩(とり)啼けど  空行く雲は いつはれる
心悲しく 待つ窓に  
故里(くに)の乙女の真心の 麦笛きっととどくよに
あぁ 涙で祈る 遠い空




◇作曲家渡邊哲男氏の作曲用ギター♫

昨年から今年にかけて、このHPの歌の紹介がご縁で、
作曲家渡邊哲男氏の長男様からご連絡をいただきました。

この歌は母のエピソードが前面にされることも多いのですが、
作曲家渡邊哲男氏の曲がついてこその、歌の力・魅力と思われます。
長男様がお父様から伺っておられるエピソードにも大変興味深いものがあります。
また、作曲家としての渡邊哲男氏の他の作品たち、
作曲家のお立場から近しかったと思われる歌手の泉惠子さんのこと、
編曲家、オーケストラ、すがも楽団・・・、巣鴨プリズンからの人々の釈放のお話等
当時の音楽や情勢、その大変なご苦労の足跡もまた・・・です。
歌を通しての時代背景に大変意味深いものを感じます。

実家には母あてにくださった葉書が数枚残っており、先日そのコピーをお送りしました。
(当時の歌の広がりに戸惑う母に、優しい言葉をかけてくださっておりました。)

長男様によると、お父様は作曲をギターでされていたとのこと。
晩年もご親戚が集まるとギターを奏で皆さんでこの歌をうたわれていたと伺いました。

ぼくもギターで歌を作るもので、そのギターには大変興味深いものがあり、
このたび実際に使われていたギターの写真提供を頂きました。
どうも有難うございました。 (2017/7/27)


 

 「よどけよ麦笛」を作曲された渡邊哲男氏(作曲家)のギター (長男様より写真提供)





(このページは構成上時系列で下方最近となります。)




病床の母と