山本さとし オフィシャルHP フォーク・ソングの風に吹かれて
20251007
cd news
◆7月26日(土)~28日(月)
CDrecording 2nd
studioMOVE705(中野区)
※ 前回1stで何とか歌とギター入れは終わりました。
プロのstudioならではのミキシングに感動しながら、歌の世界を紡いでおります。
年内にはお届けできるように進めたいと思っています。ご期待ください!
♪レコーディング報告
3.11以降毎年1作ペースで作って来たフクシマソングの作品達を主にレコーディングしています。
5月に歌とギターのメインを録り終えて、この7月にはアレンジを加え、他の楽器やコーラス等の厚みを工夫しています。
スタジオはいつものStudioMOVE705さん(中野区)です。Engineerの河野さんとは20年来のお付合いで、
企画段階からご理解をいただき、録りやアレンジ等楽曲の仕上げに好アドバイスをしてもらいながら、明るく楽しく進めています。
プロの仕事ぶりはさすが❢と手応えを感じています。
仕上がりまでまだいくつかの作業はありますが、そのプロセスも喜んで進めたいと思います。
何にもないところから生まれたあの歌が、今少しずつ自立に向けて、まさに旅支度です。
年内発売予定です❢宜しくお願いします♪
♪20250524~26
40周年記念CDのレコーディング前半が無事終了。
これからセレクトとアレンジ作業に入ります。
後半には欲しいサウンドを被せて最終トラックダウンします。
乞うご期待❢
◆2025 新レコーディング計画中(5~7月)
フクシマソングをコンセプトにリハーサル中です。
202505~07
♪2021年は節目の年となり念願のアンソロジーCDを出す運びとなりました。
昨年来のコロナ禍で音楽活動は曲作りとCD制作をと、初期アルバム3作(LPとテープ) から
ギターアンサンブルとバンド演奏をセレクトしてリマスターしました。
お陰で音の立ち上がりとブライトさが増したように思います。
限定版です。2月以降のライブもしくはメールにて承ります。宜しければ聴いてください。(詳細後日)
丑年1月吉日 山本さとし
☆山本さとし35周年記念CD☆
『君のそばで~山本さとしアンソロジー~』
◆初期アルバム3作品からのセレクト17曲リマスター版(初CD化9曲・歌詞集ブックレット12頁) ¥2,500 ※限定500枚
◆別途送料がかかります。申込方法はメールのみとさせていただきます。【 sy3104@satoshi-y.net 】
※お名前、ご住所、電話番号、枚数をお書きください。折返し振込先等をお伝えいたします。 (振込確認順に発送予定♩)
過去の自分との再会!?
これまで発表してきた初期アルバムについては製品形体がカセットテープが多かったので、
作品保存上どうしても劣化するのは否めないし、LPとなるともうかける機器すら身近にない一抹のさびしさがあった。
今まで有り難いことに、あのカセットに入っているあの歌が聴きたい!との声も届いていたものだから、
ずっと構想を考えていた。このコロナ禍で時間ができて、いつでも気軽に変わらず聴くには
デジタル化することなんだろうと思い立ち、CD制作でお世話になったエンジニアに相談してきた。...
そこで改めて一人っきりの部屋で、過去の作品を振り返り、じっくり聴いて当時の自分の表現を
再度味わい尽くしてみた。青い歌と音の真っ只中にそのシンガーは立っていた。
今の自分が小さく声をかけたら、頭の上の方からその声がこだまして聴こえてくるような不思議だった。
その上で思い出を越えて、今とこれからも聴けるようなメッセージ性をオムニバス的に
まとめて発信出来たら!と願うことにした。
エンジニアのKさんはやってみましょう!と。デザイナーのSさんも過去の作品を参考に見せて!と。
さて今の技術で、どこまで甦らせ、活かせられるか…な。コロナ禍の今に発信することは
ぼくのライフワークソングの成り立ちを残すことになり、生まれた歌たちがも一度作品として
息吹く意味も残っていると思っている。♪20200926
山本さとし ニューアルバム SY3104-01
★CD『ふる里の樹』~愛しき紡ぎ歌の軌跡~
収録曲目:1、ふる里の樹 2、白い雪 銀の空 3、はばたき 4、虹を見るために 5、ラスト・ランナー 6、あなたへのララバイ 7、小さな傘 8、道程(みちのり)9、もうひとりの自分
10、これがわたしたちの さようなら 11、ぼくの卒業式 12、ヒロシマの有る国で 13、ノーモア!ヤコブ 心は一つ 14、エイジァン ~アジアの人たちに~ 15、きっと、この町で 16、五月の風のように
全曲作詞作曲・ギター:山本さとし(H16/12発売)
プロデューサー/山本さとし
コーディネーター/洪栄龍
エンジニア/河野利昭
デザイナー/三宅秀典 協力:有限会社シナプス 、STUDIO MOVE 705
定価 3.000円(税込み)♪:愛しき紡ぎ歌の軌跡 洪栄龍氏 (guitarist)
「ふる里の樹」発売おめでとうございます。改めて聞いてみて、とても良い感じのアルバムになっていると思いました。
コーディネーターという役割を十分に果たせたかどうか、わかりませんが、アルバム作りを勧めて良かったと思いました。
エッセーより
山本さとしの人々の想いをつなぐうた
第十ニ回 (最終回) ふる里の樹 ~庭のメタセコイア~ シンガー&ソングライター 山本さとし
子どもの頃、実家の庭先にメタセコイアという大きな木(落葉高木)がありました。
中学高校の自転車通学の帰り道に遠くからでも良く見えるのでいい目印でした。
家の二階より高く黄緑色の葉が繁っており、いつからかこれは僕の樹だぁ!と思っていたのです。
庭には他にも柿がニ本、グミやリンゴ、西洋ナシ、梅、葡萄とあって、実がついてはもぎ、かじってきました。
会津の柿は身知らず柿と言い、身の程知らずに(枝が折れんがばかりに)たくさん実をつけます。
我が家のは渋柿でしたが、丸々と大きくて一斗罐で焼酎でさわしたり、せっせとむいて干し柿にしました。
メタセコイアは堂々と真っ直ぐ天に向かっており、大のお気に入りでした。
母に聞けば、我が家を建てた昭和37年に大叔母が箸程の苗木を植えたらしいのです。
この木は成長が早く、驚くほどどんどん伸びて、後年家を建増する際には残念ながら切らざるを得なくなったのですが、
大工さんが広がった根を掘り起こすのに何日もかかったそうです。
材木としては柔らか過ぎて使えなかったようですが、樹は切られて泣くとも言い、少し辛い出来事でした。
僕の父は小さな町の郵便局長をしていて、退職してから亡くなる年まで畑仕事に精を出していました。
そして庭に植えきれない分畑の方に実の成る樹をどんどん植えていったのでした。
さくらんぼ(桜桃)や梨、ぐみや小梅、ぶどう、それに記念樹に桜など、ぐるっと囲むようです。盆帰りでやってくる
孫たちに食わせてやりたいと思ったのでしょう。あれから何気に子どもを樹の下に連れていき、いっしょに見上げるようになりました。
今、第二の故郷練馬にいて緑の中を散歩すると、田舎の樹々を思い浮かべます。登ってはよくゆすぶったので、
木肌の手触りは今でもよく覚えています。倒されるまで幾年も小鳥が宿り、風がそよぎ、往来の人の日陰をつくりました。
そんな樹々たちが夢に現れ、静かに語りかけてくれたら嬉しいなと想像し、歌を書きました。うたうたびに懐かしい祖母や父の顔と会津の風景が重なります。
人には誰にも自分の樹というものがあって、その樹はずっと見守って待ってくれていると思います。
大人になって人生の折り返しの時々に、ふっと思い出すものではないでしょうか。自分の樹に再会できたら、
きっと心の中に安息の居場所が生まれるのでは!? そんな振り返りの時を日頃からもっと持ちたいですね。
あなたの樹はどんな樹ですか?いつかお目にかかれたら、その時伺ってみたいなと思います。
( 「住民と自治」 04年4月号)
♪;山本さとしさんの歌は<いしっころ>のようです 国松俊英 (児童文学者)
その歌には、陽なたのいしっころのあたたかさがあります。踏まれてもけとばされても、平気な強さがあります。ミミズもトカゲも声をかけてくる親しみがあります。
そして、いつも地面の上から世界を見つめているまっすぐなまなざしがあります。<いしっころ>のような山本さんの歌がすきです。
♪;ピート・シーガーの系譜を爽やかに 小室等 (folk singer)
何年も前のことだが、原宿のにぎわいに場違いのように寄りそってたたずむ日本社会事業大学の文化祭に歌いにいったことがある。
学生たちもまた、原宿には場違いのファッションで、キャンパスと呼ぶにはせまい学内で細々と文化祭を催していた。
ぼくは福祉の世界に伴う“善意”というものに、ときとしてうんざりさせられてしまう徒なのだが、コンサートのあとに話しこんだ学生たちを見るかぎり、
原宿を歩いているにいちゃんねえちゃんたちより、きみらの方がずっといいぞと思ったものだった。
山本さとしさんは、その日本社会事業大学出身だという。山本さんの歌と、山本さんが大学で学ばれたこととは、どうやら無関係ではなさそうだ、と山本さんの歌を聴いていて思う。
それは“善意”のあぶなさを伴いかねないものだが、山本さんはそこをうまくしのいでいる。
アコースティックな音楽は、そのアンサンブルのありようによっては裸でさらされてしまい、ごまかしのきかないものになってしまう。
山本さんの今回のテープ作品は、まさしく裸でさらされている。ごまかしがきかない。ごまかしがきかないと、音楽よりメッセージだけが先行してしまいかねない。
山本さんはそこのバランスをうまく保っている。ギターにヴェテランの洪栄龍を起用したのも功を奏している。
60年代にアメリカからフォーク・ソングというものが入ってきた。それがどんどん子別れしていって、その痕跡はいまやほとんど見えなくなってしまっているいま、
山本さとしさんは、まぎれもなくピート・シーガーの系譜を受け継いでいくシンガーだ。この時代に、この系譜を歩もうというのは相当にきついことである。
山本さんはその道を爽やかに歩んでいる。